マストドンは何も押し付けてこないので快適で良いですね。
で、さらに自分にとって快適で心休まる空間を求めるべく、「政教分離」みたいな感じで「日常」と「信仰」を分けた「日教分離」をするわよ~!という試み。
好きなものは宗教みたいなものですしね…。
日常アカウントは日常に徹します。妄想トゥートもしません。
一次二次問わず創作活動はおやすみ。くるっぷも出没くらいはすると思いますが、投稿はどうだろうな…。
とはいえ簡単には捨てられないでしょう。
なんと様々なタイミングが悪い私ですが、壁打ち専用インスタンスがおたどんさんの管理人さんによって作られました。天の恵みだと思って、何か妄想したい時はこれを利用していこうと思います。
Skebが現状のリクエスト数だと来月いっぱいまで続くだろうと思っているので、どのみち製作は何もできません。妄想トゥートぐらい。なので、良い機会でもあります。
ここから先は、寝る前の書き殴り・繰り返し再放送です。
色々とショックなことが続いていました。
1年前、泥棒の多さに恐怖した私は、好きな人だけ集めた鍵アカに籠れば穏やかに過ごせるのだと思っていました。
しかし実際には、Twitterでの苦手なことだけが残り、好きだった部分はほぼ消え去りました。
私はトレンドでワーーーッ!!ってなるのや、空リプでもリプでも、だれだれちゃん!と呼びあって褒めあいっこしているところを何度も何度も見るのが苦手でした。ちゃん付けで呼びあいたいわけではなく、ただそういったプライベートな会話を見ることを好みません。正直に言えば嫉妬心もあります。
でももちろんそれを表明してもどうしようもありません。Twitterはそういうものです。
一方で私が好きだった、RT後の感想を見ることは無くなりました。そしてこのタイプの方々は、ほとんど直接リプすることもありません(別にそれを悪いとは思いません)。
私はあまり交流しないタイプでしたね。と言うのも、作品を上げていると面倒な奴に絡まれやすく、その分警戒心が上がったり疲弊したりするからです。
本当は皆まとめて同担拒否をするつもりでした。半分壁打ちで運営するつもりで、特に心の支えにしている🐳に関してはほぼ創作者とは交流を持っていません。
マシュマロは置いていないことからも察していた人は多いのではないかと思いますが、感想は特別積極的になるほど募集したいものではありません。匿名メッセボックスは毒を入れられることなどわかりきってるし。
そんな中でもひそかに楽しみにしていたものがRT後の感想でした。それに♥️を押す。これはお互いに気楽な方法だと思います。
これがあったからこそ、今の縁があると言っても過言ではありません。
私は私の絵を通じてしか、縁を築けなかったのです。
そして、鍵だから、フォロー関係に無い場合は私からの通知が飛びません。
かつて相互だった方や、フォローしてくださっていた方をフォローしても、皆さんがフォロー欄をこまめにチェックしない限り私に気づくことは有りません。
いいねやRTをしても、何をしても、たった「1」が増えるだけです。
あの人とあの人が繋がったみたいだ。自分も描いていたんだよ。そう思っても伝わることは無いんです。
見知らぬ絵描きさんが増えたと感じても、その人たちに、私がいることは認知されません。これほどまでに自分の存在を透明に感じた事はなかなかありません。幽霊のようです。
また鍵を開けない限り、新しい縁は出来ません。
私の今持っている縁は、私が絵をアップしていたからできた縁です。
現状、縁は切れる一方です。
私も含め、いつか人は好きなものが移り変わっていく…そうなれば、絵で繋がった縁は切れて当然です。これに不安を感じないわけがありません。
けれど、鍵を開けて、また絵泥棒に群がられる事に対する恐怖は非常に大きいし、同時にコンテンツ生産機に戻ることに対する嫌悪感もすさまじいものでした。
そんな中、少しとはいえ周りに気を遣っていたことに対する不満もあります。
私は…前アカ時代から、あまりCPものをRTしないようにしていました。私自身が描くことがあまりないのですが、なんだかデリケートなものだ、というのは理解していましたので。
それと、自分が非常に嫉妬しがちな事や、苦手な人の名前をTLで見て苦い思いをする事も多々ありよくわかるので、その点ですね。
神絵師や〇〇さんにフォロバされた!キャー!とか、〇〇さんの作品が一番好きです!とか、これ系の発言は、私そんなに喜んでもらってないな、とかいらぬ感情を引き起こしがちっぽいですね。
言われる側としても、そう思われるんじゃないかって周りからの視線が気になるみたいで。(最近知りましたが、壁打ちに転向される方はそういう悩みの末に転向する人が多いみたい。)
なので私は、過剰に褒めたり好きだと表明すること、名前を呼ぶ事も、しなかったわけではないのですが、控えてはいました。
でも自分の作品に関しては、RT後の感想見るの大好きなんですけどね。立場が違えば、ですね…。
これらの行動は悪いことではありませんが、いささかTwitterのような人の密集する場所とは相性が悪いのでしょう。
自分は気を遣っているのに、私が苦手なトレンド等に気を遣ってくれる人はいないのかな、とか人から見れば理不尽なんですけど、マストドンに来てから、そう感じていた事を自覚するようになりました。
もしかしたら何かしらの気遣いをしてくれてる方もいらっしゃったのかもしれません。それを表明されない限り知る術はないのですが、そんなことわざわざ言う人もいないですしね。
これらの我慢していたことが、マストドンで快適さを知ってから特に強く感じられるようになりました。
そして…
凍結騒動で、人は秒で忘れ去られる事を突き付けられました。
そしてすぐに代わりを見つけることも。
ネットで神絵師だなんだと持ち上げられている人も、あっという間に忘れ去られます。
Pawooでも何人か、Twitterでの有名人(凍結してる人もしてない人も両方)を見かけましたが、全然フォロー数がありませんでした。
Twitterに依存している人は結局Twitterから出てくることは少なく、Twitterで見れないのならいらない、ということなのでしょうかね。これ自体は日本がそもそも依存気味なので仕方ないのですが。
匿名の創作掲示板を見ていて、特に二次の場合は「好きなキャラが見れれば誰が描いていようと関係ない」等の言説を見て、それにすごく納得していました。
コンテンツ生産機として見られている事は理解していましたから、まあそんなもんなんでしょうね。私は…割と中の人重視なので、誰でもは、良くないんですが、きっと多くのROMにとってはそうじゃないんでしょう。
あ~あ…わかってても辛いな…。誰でもいいとか代わりはいるとか…。
なんか、わかってるからこそ何度も何度も拗ねてきた人生だったな~…。
他に描いてる人いるじゃん、そっち見てくださいよ、っていうかそっちも見てるんじゃないですか?私の作品の何がいいんですか?供給があれば誰でもいいんじゃないですか?他の人にも同じこと言ってるんじゃないですか?って。
いや~…面倒くさい人だな…見る側の立場に立てば何言ってるんだコイツって理解できるんですけどね。みんなそれぞれ違っていて、それが良いことなどわかってはいます。立場が違えば…ですね…。
匿名掲示板見る限りだとその手のトピック多いですね。匿名じゃないと普通こんなこと言わないと思うので、内心あるあるだと思ってます。
そしてTwitterかピクシブみたいに人の集まる場所で、数字に囚われてしまうんでしょうね。
私もある程度ふぁぼRTは欲しい。
が、同時にそれを「時間をかけて作った作品を、秒で消費されている」と感じてもいました。
それに対する嫌悪感は、ふぁぼRTボタンを押す側・押される側両の立場としてもありました。でも作品をそういうサイトにアップするってそういうことだと思っているので仕方ないんです。そういうツールなので、嫌なら個人サイト作れよ、という。
なんかもう、そうやって、あれは嫌、これは嫌、でもこうしたい、こうなりたい、こうされたい、私の絵を見てほしい、私の前であの人を褒めないでほしい、みたいな我儘ばかりが膨れ上がって何年も経って、私みたいにちょっとおかしなバケモンが出来ちゃったってワケ!!!!!!!!!!イエーーーーーイ!!!!!!!!!
Skeb進捗のアップのために、FANBOXを整備していて、いろんなことを思い出して…
ああ、そうか、今はTwitterのアカウントを休止状態にしているけど、またそこに戻ってあの苦しみを繰り返すのか……
だから、もう創作に関連することは人前に出すのは辞めよう、壁打ちに徹しよう、極端かもしれないけど、それが一番なんだと思ったので、ひとまずSkebが落ち着くまでは、まずはそれで試してみることにしました。
壁打ち創作者さんたちの匿名トピックを見てても、共感する内容ばかりで、私もきっと壁の中にいるのがあっているのだと思います。
昔、フォロワーさんに「見てくれてる人を大切にするってどういうことなのか」を訊ねた時、「活動を続けててくれること」という答えを何人かから頂きました。ずっと続けられなくてごめんなさい。