にっき

ゲーム記や転載された絵の削除申請まとめ、療養中の記録。

悪魔の影

ずいぶん昔に縁を切った中学からのリア友の影は長い間なりを潜めていたけど、怒りでぐるぐるしていると気配を感じるようになった。あいつはいつも私に説教するのが好きだった。

 

あの頃、既に通院を始めていたかは覚えてないが、充分酷い精神状態だった。リア友に映画に誘われたが、いつものようにリア友の会社の愚痴サンドバッグにされるのに耐えかねて、映画には行くけどこういう理由があって会社のことは言わないでほしいと頼んだ。

その後、面と向かって、大人なら自分で愚痴をかわせよ、会社のこと以外に何を喋ればいいんだよと説教されてしまった。それを機に縁を切ったが、あの頃は友達を信じてノコノコと出向いていった私が悪い、友達だからお世話になってるからとずるずると縁を切らずにいた私が悪いのだと思った。きっと今だって、あいつは気にしないことができない私を責めるのだろう。あいつが薬を買って飲むわけでもないのに。

 

荒れていればどうしても、誰にも必要とされてないとか、需要が無いとか、代わりはいくらでもいるじゃないか、とか、言いたくもなるけれど、それを言うと今まで見てくれていた人に失礼だ、と、心の中にできたあいつに説教される。

どうして荒んでいるときに人のことまで気を回さなければならない?どこまで立派な人間であることを押し付けて来るのだろう。心の中も自由にならない。

年単位の時間をかけてようやく解放されたと思ったのに、もがいているうちにちょっとずつあいつに説教されていた時のような感覚になってしまった。

 

疲れている人に休んでいいと言う時代になっているとは思うけど、それってあくまで「疲弊していながらも理性がある人」にだけ向けられる言葉なんだと思う。疲れていても我儘を言ってはいけない、言えば「お前が悪い」扱いされる。病人は病人らしくしていなければ理解されないということか。

 

まあ、でも、「与えられたい」を言えるようになっただけマシなのかもしれない。理不尽を理不尽だと感じながらも、どこか自罰的だった時よりはマシだと思いたい。

 

 

 

あいつはあいつでブラックに勤めていたことは知っていた。

後に共通の友人から、あいつがLINEのグループで、死にたいとかそういうことを言うようになったらしい。

あいつだけずるい。