にっき

ゲーム記や転載された絵の削除申請まとめ、療養中の記録。

アサーショントレーニングという本を読んだ


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カウンセラーの資格を持つ人にお勧めしてもらった本。

そして言ってることはわかるが気にくわない、という理由で半分まで読んで放置してた本。なんというか、説教を受けている気分になっていたな。水泳でくたばってて疲れていてあまり活動できないし、今なら少し受け入れられそうなので読むことにした。

 

まず、非主張型、攻撃型、自他尊重型(アサーティブ)の人間の解説から始まる。カウンセラーさんなので自他尊重型の姿勢が求められるのだろう、それでこの本をお勧めしてもらったのだろう、というのはわかったが、この冒頭の非主張型の説明から気にくわなかった。

非主張型は自分の気持ちにも相手にも不正直で、やがて不満が溜まり恨みや八つ当たりになる、相手からしても良い対応をしてもらったと思っていたら恨まれてたなんてたまったもんじゃない。…ということだった。友達だから…という例もいくつかあった。

まさに、友達だから…と我慢して最終的に何も告げずリア友を切った私としては、は?俺は悪くねえぞ、と出だしから不満でいっぱい。

リア友2人はこの本の場合、攻撃型の人間になるんだろうな。小中からの付き合いだったからこいつには礼儀がなくてもいいとナメられてたんだろう。私は友達だから、昔迷惑をかけてきたから、と我慢を重ねていたけど、精神的に参っているから辞めてほしいことはハッキリと伝えたし、私も近況や好きなもののことを話したかったが話せば露骨に顔にでたり一瞬で話の主導権を握られていたり。お前はダメだ、上には上がいる、まだ苦労を知らないからだ…と偉そうな説教も受け続けた。これではそりゃあ非主張にもなるだろ、なぜ私が不正直だと責められなければならない。

 

この本で掲げる理想が体現されるにはまず相手が自他尊重型である必要があると思う。そんな都合の良いことはない。自分だけが頑張って自他尊重であろうとしても意味がない。この本にも相手は変わらないと書いてある。

母も攻撃型で真面目に話を聞いてくれない。私がもう自分の気持ちを我慢したくない、尊重されたいと願うのは私が原因ではなく、周囲の環境によるものだ。読んでいて、私を責めるな!という気分になる。

 

読み進めていると、飲みにしつこく誘われ押しきられた結果、行くにしろ行かないにしろ決めたのは自分なので責任や恨みを他者に押し付けることはできない。という例えがあった。いやそれはしつこく誘った奴に責任の一端はあるだろ……まさに自他尊重をしていないじゃないか……。

他にも自分のことを粗末に考えるのは基本的人権にのっとっていないとか、説教くさいところが多々あるためうるせ~~!!!!ってなる。

 

まあでも人によってはハッとなるところがあるんだろうな…。誰でも欲求を持っても良いし、大切にしてほしいと思って良い。失敗をし、責任を取るチャンスが与えられる権利がある。許されたいと願う人にはハッキリ断言する感じは良いのかもしれない。

対人スキルは訓練によって得るもので他の人からは自然に出来てるように見えるだけ、というのはなんとなく共感した。絵も上手い人はそれだけ練習してるのに低く見られがちなので…………魔法使いじゃねえんだぞ。

 

考え方を変えようという章では、感情は出来事そのものではなくどう受け止めたかによって引き出されるという解説があった。確かに同じことでも人によって感じかたは様々だけど、不快に関してもなんでもかんでもそれはちょっと自己責任論っぽくて嫌だなと感じた。

非合理的な思い込みチェックリストがあって、私は7割ほど非合理的だった。解説を読むと、そんなつもりじゃなかったのになって思うことも多く、不安でいっぱいになることについての項目が特にひっかかった。確かに不安でいっぱいでいっぱいでパニックになっても実際にたいしたことにはならないから非合理的な考え方だけど、それを他人からそういう言い方で言われると自分の気持ちを矮小化されたようで悲しいし腹が立つ。共感力には欠けた文章のように思う。慰められるための本じゃないから仕方ないんだけど。

けど、最終的に受け取り方はひとそれぞれでいいんだよっていう締めで、うーん。

 

あとは挨拶してきちんと気持ちを届けましょう等の日常会話における自己表現や、課題解決にはこのよう提案しましょうとか。

怒りの取り扱いについてページが結構割かれていて重要っぽく感じた。荒れ気味の私には思うところ多々…。怒りを抑えたり自分に向けて罪悪感となり、自己嫌悪やうつ状態になる、怒りがマイルドなうちに発散させましょう、とか………

でもあのきっかけになったメールの子は良い子だったから怒りをぶつけるわけにもいかないし、返事書いてるときは怒りじゃなかったしな~…。今さら怒ってますなんて追いメールするのは鬼だよ。

 

 

元々なんで本をお勧めしてもらったかって、だいぶ昔の削除申請を怖がってる人からのメール、もっと助けになれたんじゃないかという後悔、なのかな?わからないけど、でもこの本では現代みたいなテキスト主体コミュニケーションって相手のことよくわかんないからよくないよね!ってことも書かれてて、なんというか…現代に即してないな~と思うけど、それはしょうがないか…

まあ今さら読んだところで現時点ではメアド閉じてるのでもう備える意味も無いんだけど。

 

最後まで見てからまた少し最初に戻ってみて、アサーティブになれない理由に自分の感情がわかってないからっていうのもあったけど、これの解決方法書いてあったかな…?もう忘れた。リアルタイムで会話しててそんなすぐ自分の感情を把握できる人がいるのか…?私はリア友と話してぼんやり嫌だなって思ったことがどう嫌だったのかハッキリしてくるのがだいぶ後だから、モヤモヤを解消できなくて溜め込む一方だったな…。馬鹿だから会話しながらそこまで考えられない。

 

なんかやっぱり今読んでも言ってることはわかるが気にくわないなーな1冊でした。合う合わないありそう。

でも言ってることはわかるし、極力は自他尊重でありたいと思う。単なるコミュニケーションスキルじゃなくて、もっと深いところに触れてる内容だった。日本の察する文化って悪い面も多いよね。

この本を読んだだけでトレーニングができるわけじゃないし、知ってることも多いけど改めて言われると確かに…って感じ。